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柏崎刈羽原子力発電所の地震による事故について是非読んでください。

PKO法『雑則』を広める会
<出版物『アヒンサー・私、子ども生んでも大丈夫ですか』>
より転載させて頂きます。
長いので何回かに分けて載せます。
なお読みやすいように、文章を読点で改行いたしました。


★平井憲夫さんのプロフィール
 1938年、岡山県倉敷市生まれ。
 高校中退後、石油化学プラント建設会社に入社、 石油化学プラントの建設工事に携わったのち、日立プラント建設の下請け会社に移り、 原発の新設や定期検査の配管工事の現場監督を20年にわたってつとめる。
 工事を手がけた原発は、福島、浜岡、島根、東海、敦賀などの14基に及び、 日本の沸騰水型原発のほとんどに関与した。
 1級プラント配管技能士。1988年退社。1990年「原発被曝労働者救済センター」を設立、 代表として原発工事で被曝する労働者の救済にあたる。 原発事故調査国民会議顧問、 北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、 東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、 福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人として、 原発建設現場の実態を法廷で証言するとともに、全国で講演活動を繰り広げる。
 1997年正月明けにひとり暮らしの自宅で亡くなっているのを発見された。 享年58歳。


原発事故と平井憲夫さんの遺言 2004/12/31
 今年の世相を象徴する漢字は「災」に決まりました。
台風、豪雨、地震などの「天災」が日本列島の各地に大きな被害をもたらしました。
それ以上に、私が恐怖を感じたのは、原発事故という「人災」でした。

 2004年8月9日、長崎で59回目の原爆犠牲者慰霊平和記念式典が行われた日の午後、福井県美浜町にある関西電力美浜原子力発電所3号機が11人の死傷者を出す大事故を起こしました。
建設してから28年間、定期検査を怠っているうちに厚さ10mmの鋼管が1.4mmにまで薄くなっていたという報道に、私は「やっぱり」という思いを強くしました。

 というのは、約20年にわたる原発建設の現場監督の経験をもとに、原発がいかに設計通り造ることも、維持管理することもできない「いい加減なもの」であるかを言い遺して亡くなった平井憲夫さんの言葉通りだったからです。

 私が原発に関心を持ったのは、大きな運動となった伊方原発出力調整実験反対がきっかけでした。
1988年のことです。
東京・国立で原発の勉強会があるからと誘われて参加しました。
講師は平井憲夫さんでした。
その時、平井さんから「みんな廃炉というけれど、原発は止めたら錆び始めるよ。
穴があけば放射能が漏れるからね。
止めても燃料棒を出して、発電しているときと同じように管理しつづけなければならないのが原発だよ」と聞きました。
素人でも納得のいく話であるだけでなく、「廃炉にできない!」ことに衝撃を受けました。
平井さんのこの話はずっと頭から離れませんでした。

 1995年1月、マグニチュード7.3の兵庫県南部地震は阪神・淡路大震災を引き起こしました。
原発がなかったことは本当に不幸中の幸いでした。
そのころ、私たちは「PKO法『雑則』を広める会」をつくって活動していました。
私たち日本人は山のように原発を抱えた地震列島に住んでいます。
地震と原発を重ねて考えることが重要だと思い、多くの方に協力をお願いして、私たちの会誌である『アヒンサー』の「地震と原発」号を急遽出版することにしました。

 私たちは平井さんのお宅で3回お話を伺い、講演記録も参考にし、「原発がどんなものか知ってほしい」という平井さんのお話を文章にまとめました。
そして原発現地の人々の声とともに、「アヒンサー・地震と原発」(95年5月発行)に掲載しました。
平井さんもこのような形にまとまったことを大変喜んでくださいましたが、それから2年半後に亡くなりました。

 平井さんは「原発がどんなものか知ってほしい」のなかで、1991年2月に美浜原発2号機で起こった事故について「もうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれないほど」だったと、次のように語っています。

 「原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。
日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと0・7秒でチェルノブイリになるところだった。
それも、土曜日だったんですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。
日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ」

 「原子炉には70気圧とか150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水や水蒸気--水といっても300度もある熱湯--がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。
そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないんですが、この作業に必ず被ばくが伴うわけです」

 「(そのため原発労働者は防護服、安全靴、放射能を吸わないように全面マスクを付けたかっこうで現場に入り)放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。
普通の職場とはまったく違うのです。
そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。
お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。
言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。
そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです」

 美浜原発ばかりでなく、あちこちの原発で同様の破損が起こっています。
平井さんの言い遺した通りの「いい加減な」工事や定期検査が生んだ事故です。
とくに私たちが恐れているのは、地震災害と原発事故が複合した「原発震災」です。
国が「マグニチュード8クラス」と想定している東海地震の震源域の真上に、国が5基も許可した中部電力浜岡原子力発電所については、まさに正気の沙汰ではありません。

 茨城県東海村のJCO臨界事故(1999年)や美浜原発3号機事故、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震を目の当たりにし、「浜岡原発震災」への恐ろしい思いが一層募るなかで、改めて多くの人々に「平井憲夫さんのお話--原発がどんなものか知ってほしい」を読んでいただきたいと思い立ちました。
世論の高まりに期待する以外にこの「人災」を止める道はないからです。
すべては一人ひとりから始まります。

 この原稿を書いているときに、スマトラ沖地震のニュースが飛びこんできました(12月26日)。
東海地震と同じプレート境界型の地震です。マグニチュード9のこの地震は、震源地近くに大きな被害をもたらしただけではなく、地震が引き起こした津波は遠く離れた国々をも直撃しました。
国が「マグニチュード8クラス」と想定している東海地震は浜岡原発を直撃します。
その時、原発がどうなっているか想像してみてください。
「死の灰」によってこの国を滅亡へと追いやる大惨事を未然に防止するためには、一刻も早く浜岡原発を停止する必要があると考えるのは当然のことではないでしょうか。

 「平井憲夫さんのお話」をまとめてから10年近くが経ちました。
その後の推移などについて<注>を加えるなど少し表現を手直ししました。
ちょっと長いですが、ぜひ読んでみてください。


※PKO法『雑則』を広める会

 1992年に成立したPKO法には国民への「協力」を求める仕組みがあるが、これが「雑則」という目立たないところに規定されていることに注目し、広く国民に知らせるべきと全国紙に意見広告を出すなどの活動を進めてきた女性グループ。現在は、「浜岡原発震災」を未然に防ぎたいと力を入れている。
<出版物『アヒンサー・私、子ども生んでも大丈夫ですか』>
 「PKO法『雑則』を広める会」は『アヒンサー・私、子ども生んでも大丈夫ですか』を2004年10月に出版。主な内容は、▽平井憲夫さんのお話-原発がどんなものか知ってほしい▽だまされてた-平井憲夫さんと浜岡住民との話し合い▽原発震災が襲う(石橋克彦)▽世界最悪・この国の大矛盾-浜岡原発と東海地震▽操作された情報に惑わされぬように(生越忠)▽安全性の哲学(武谷三男)▽ヒロシマを生きのびた医師として(肥田舜太郎)▽中性子爆弾が投げ込まれた東海村で(藤井学昭)▽原発の原点「マル秘の試算」▽放射線は危ない▽文化とは?(住井すゑ)。A4版160頁、500円(送料別)。申込は、住所・氏名・電話番号、冊数を明記して、inemomi@nifty.comへ。

(佐藤弓子)

by e-kassei | 2007-07-23 12:19 | 健康を考える

原発事故と平井憲夫さんの遺言 (1)作業員から検査官まですべて素人

●私は原発反対運動家ではありません

 私は原発反対運動家ではありません。
20年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。
原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。
そして、最後まで聞いていただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日被ばく者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。
はじめて聞かれる話も多いと思います。
どうか、最後まで聞いて、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。
 原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、私のように施工、造る話をする人がいないんです。
しかし現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。
 私は石油化学プラントの配管が専門です。
20代の終わりごろに日本に原発を造るというのでスカウトされて、原発の配管工事の会社に行きました。
一作業員だったら、何十年いても分かりませんが、現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。

●「安全」は机上の話

 1995年1月17日に阪神・淡路大震災がが起きて、国民から「地震で原発が壊れたりしないか」「本当に大丈夫か」という不安の声が高まりました。
しかし、決して大丈夫ではありません。
国や電力会社は「耐震設計を考え、硬い岩盤の上に建設しているから安全だ」と強調していますが、これは机上の話です。
 この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、あまりにも原発との共通点の多さに改めて考えさせられました。
まさか新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ一人考えてもみなかったと思います。
 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、きびしい検査が行われていると思われています。
しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。
一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。
 なぜ、このような事が起きてしまったんでしょうか。
その根本はあまりにも机上の設計ばかりに重点を置いて、現場の施工、管理を怠ったためです。
それが直接の原因ではなくても、このような事が起きてしまうんです。

●素人が造る原発

 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。
それは現場にプロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、設計通りには造られていないからです。
机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。
しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は一度もされたことがありません。
 原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まですべて素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないんです。
日本の原発も設計は優秀で、二重、三重に多重防護されていて、どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。
しかし、これは設計の段階までです。
施工、造る段階でおかしくなってしまっているんです。
 仮に、自分の家を建てる時に、立派な1級建築士に設計をしてもらっても、大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具が合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なんです。
 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。
職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。
それが10年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。
全くの素人を経験不問という形で募集しています。
素人の人は事故の怖さを知らない、何が不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。
それが今の原発の実情です。
例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、一歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。
本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったんです。
そういう意味では老朽化した原発も危ないんですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。
 現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、工事がマニュアル化されるようになりました。
マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、工場である程度組み立てた物を持ってきて、現場で1番と1番、2番と2番というように、ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。
そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、全く分からないままに造っていくことになるんです。
こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。
 また、原発には放射能の被ばくの問題があって後継者を育てることが出来ないんです。
原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて、互いに話をすることも出来ないような所ですから、身振り手振りなんです。
これではちゃんとした技術を教えることができません。
それに、いわゆる腕のいい人ほど、年間の許容線量を先に使ってしまって、中に入れなくなります。
だから、よけいに素人でもいいやということになってしまうんです。
 また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。
30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。
そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても、原発の方にでも行こうかなあということになるんです。
 皆さんは何か勘違いしていて、原発というのはとても技術的に高度なものだと思い込んでいるかも知れないけど、そんな高級なものではないんです。 
ですから、素人が造る原発ということで、原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

●名ばかりの検査・検査官

 原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。
しかし、その検査体制が問題なんです。
出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、それではダメなんです。検査は施工の過程を見ることが重要なんです。
 検査官が溶接なら溶接を、「そうじゃない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と、自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。
そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないんです。
メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、これが今の官庁検査の実態です。
 原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。
原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。
私もその役人が素人だとは知っていましたが、ここまでひどいとは知らなかったです。
 というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だとはっきり名乗って発言した人がいました。
その人は「自分たちの職場の職員は、被ばくするから絶対に現場に出さなかった。
折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、次の日には専門検査官として赴任させた。
そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。
美浜原発にいた専門官は3か月前までは、お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。
 このように、まったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。
東京電力の福島原発で、緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、次の日の新聞で知ったんです。
なぜ、専門官が何も知らなかったのか。
それは、電力会社の人は、専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように、いちいち説明する時間がなかったので、その人を現場にも入れないで放って置いたんです。
だから何も知らなかったんです。
 そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。
この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の天下り先ですから、全然畑違いの人です。
この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、この人のOKが出ないと仕事が進まないんですが、検査のことは何も知りません。
ですから、検査といってもただ見に行くだけです。
けれども大変な権限を持っています。
この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の3社があります。
私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。
つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。
だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、メーカーでないと、詳しいことは分からないんです。
 私は現役のころも辞めてからも、ずっと言っていますが、天下りや特殊法人ではなく本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。
そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。
このように、日本の原発行政は、あまりにも無責任でお粗末なものなんです。

by e-kassei | 2007-07-23 12:07 | 健康を考える

原発事故と平井憲夫さんの遺言 (2)大地震が起これば配管は支えきれない

●人間の血管のような配管が危ない

 阪神・淡路大震災のような地震が、原発を不意に襲った時、本当に原発は大丈夫なのでしょうか。
 原発には網の目のように、何十kmもの配管があります。
配管は人の体でいえば血管と同じで、例えどのような配管であろうと、1本でも破断したら、原発全体の大事故につながる可能性が大きいのです。
電力会社はよく「主要な配管は」とか言いますが、主要でない配管は原発の中には1本もありません。
 その大事な配管が、いつ落下してもおかしくないような状態になるんです。
問題は配管のサポート取り付け金具なんですが、配管はこのサポート取り付け金具で壁に固定しているんです。
配管といっても、5mくらいの短いものも、3人がかりで運ぶような重いものもありますし、直径が1mくらいの大きなものもあります。
そういう配管が運転中は耐えず振動しているんです。
その振動のために、本来は配管を支えるべきサポートがぐらぐらになって、逆に配管にぶら下がっているような状態になってしまうことがあるんです。
そういうところを大地震が直撃した時に、重い配管がユッサユッサと揺れて、重い配管を支えきれなくなって、壊れてしまう恐れがあるのです。運転中の重い配管が支えを失ったらどうなるか、怖いどころの話じゃないですよ。
 それから、配管は何万か所も溶接でつないでいますが、その溶接の仕方に問題があります。
コストダウンするということで、配管を工場で半分組み立ててきますから、それを現場で合わせようとすると、どうしてもズレが生じます。
そのズレを素人は無理やり引っ張って溶接してしまうんです。
配管は運転状態では熱を帯びて伸びますから、そのために調整するところが決めてあるんですが、そのはじめから考えられていた必要なズレが、現場で無理やり引っ張ってしまうと、なくなってしまいます。
配管は絶対に引っ張ってつないじゃダメです。そういう無理な施工が事故につながるんです。
また、事故だけでなく、地震の複雑な揺れにも耐えられないと思います。
 配管が破断すれば、原子炉の制御が効かなくなって、落下した配管などで原子炉、その他の機器類も破損する可能性が大きいんです。

●原発の心臓は宙ぶらりん

 また、東北、東京、中部、中国、北陸、日本原電(日本原子力発電)など各電力会社の原発は、沸騰水型の原発です。
原子炉の中でウランをゆっくり核分裂させて、その熱で直接水を沸騰させ、できた蒸気でタービンを回して電気を作る型の原発です。
原発では50tを越す再循環ポンプがついていますが、これは人間でいえば心臓にあたるものです。
これが地上に固定されていなくて、宙ぶらりんの状態ですから、地震によって上下左右に振り回されれば耐えきれません。
 東京電力の福島原発では、この再循環ポンプが壊れるという大事故が起こっています(1989年)。
この事故はポンプと配管の無理なつなぎ方も原因の1つでした。
 現場の事を知らないままに机上の議論だけをしていたり、電力会社の説明を鵜のみにするのではなく、科技庁長官はじめ科技庁の役人は、自分の目で見て、自分の手でさわって、危険なら危険だと、国民に知らせることが急務ではないでしょうか。
事故の後、「よりいっそうの安全を確保し、慎重に運転するよう指示した」などと言っていますが、このような言葉遊びでは、国民は納得できないと思います。

●いいかげんな原発の耐震設計

 阪神・淡路大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を9月(1995年)に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。
私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったんです。
それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。
 1993年に、女川原発の1号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、これは大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているんですが、それが震度5ではないのに止まったんです。わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。
これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。
5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。
つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。
 こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、 同じ型の原発が全国で10もあります。
これは地震と原発のことを考えたら、非常に恐ろしいことではないでしょうか。

by e-kassei | 2007-07-23 12:06 | 健康を考える

原発事故と平井憲夫さんの遺言 (3)ガンの宣告を受けて

●定期検査工事も素人が

 原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることになっていて、「定検」(定期検査)といっています。
原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、配管の中には水や水蒸気--水といっても300℃もある熱湯--がすごい勢いで通っていますから、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるんです。
そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても取り替えなくてはならないんですが、この作業には必ず被ばくが伴うわけです。
原発は一回動かすと、配管の中は放射線でいっぱいになりますから。
 その中で人間が放射線を浴びながら働いているんです。そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、そうではないんですよ。
放射線の量を計るアラームメーターは防護服の中のチョッキに付けているんですから。
つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。
作業している人を放射能から守るものではないんです。
だから、作業が終わって外に出る時には、パンツ一枚になって、被ばくしていないかどうか検査をするんです。
体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被ばくですと、シャワーで洗うと大体流せるので、放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。
 また、安全靴といって備付けの靴に履き替えます。
この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、大事な働く足元がちゃんと定まりません。
それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。
そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから、実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。
普通の職場とはまったく違うんです。
 そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。
お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。
言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です。そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。
 例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、作業する現場は放射線管理区域ですから、放射能がいっぱいあって最悪な所です。
作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。
 現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、その現場が20分間作業ができる所だとすると20分経つとアラームメーターが鳴るようにしてある。
だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。
でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、時計が放射能で汚染されますから腹時計です。
そうやって、現場に行きます。
 そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、15分はたったかなと、頭はそっちの方にばかりで。
アラームメーターが鳴るのが怖いですから。
アラームメーターというのはビーッととんでもない音がするので、初めての人はその音が鳴ると顔から血の気が引くくらい怖いものです。
これは経験した者でないと分かりません。
ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに写したくらいの放射線の量に当たります。ですから、ネジを対角線に締めなさいと言っても、言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、どうしてもいい加減になってしまうのです。
すると、どうなりますか。

●海へ放射能をたれ流す

 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、海に放射能を含んだ水が何十tも流れてしまうんです。
はっきりいって、今、日本列島で取れる魚で、安心して食べられる魚はほとんどありません。
日本の海が放射能で汚染されてしまっているんです。
 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。
原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、その水を海に捨てています。
これが放射能を含んだ温排水で、1秒間に何十tにもなります。
 原発の事故があっても、県などがあわてて安全宣言を出しますし、電力会社はそれ以上に隠そうとします。
それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。 
 防護服には放射能がいっぱいついていますが、それを最初は水洗いして、汚れた水は全部海に流しています。
排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。こういう所で魚の養殖をしています。
安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、原発にもっと関心をもって欲しいもんです。
このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。
 数年前の石川県の志賀原発の差止め裁判の報告会で、80歳近い行商をしているおばあさんが、こんな話をしました。
 「私はいままで原発のことを知らなかった。
今日、昆布とわかめをお得意さんに持っていったら、そこの若奥さんに『悪いけどもう買えないよ、 今日で終わりね、志賀原発が運転に入ったから』って言われた。
原発のことは何も分からないけど、初めて実感として原発のことが分かった」
 おばあさんは「どうしたらいいのか」って途方にくれていました。
みなさんの知らないところで、 日本の海が放射能で汚染され続けています。

●内部被ばくが一番怖い

 原発の建屋の中は、すべての物が放射能に変わってきます。
物がすべて放射線を出すようになるのです。
どんなに厚い鉄でも放射線が突き抜けるからです。
体の外から浴びる外部被ばくも怖いですが、一番怖いのは内部被ばくです。
 ホコリ、どこにでもあるチリとかホコリ。
原発の中ではこのホコリが放射線を浴びて放射能となって飛んでいますが、このホコリが口や鼻から入ると、それが内部被ばくになります。
原発の作業では片付けや掃除で一番内部被ばくをしますが、この体の中から放射線を浴びる内部被ばくの方が、外部被ばくよりもずっと危険なのです。体の中から直接放射線を浴びるわけですから。
 体の中に入った放射能は、通常は、3日くらいで汗や小便と一緒に出てしまいますが、3日なら3日、放射能を体の中に置いたままになります。
また、体から出るといっても、人間が勝手に決めた基準ですから、決してゼロにはなりません。
これが非常に怖いのです。
どんなに微量でも、体の中に蓄積されていきますから。
 原発を見学した人なら分かると思いますが、一般の人が見学できるところは、とてもきれいにしてあって、職員も「きれいでしょう」と自慢そうに言っています。それは当たり前なんです。
きれいにしておかないと放射能のホコリが飛んで危険ですから。
 私はその内部被ばくを何回もして、ガンになってしまいました。
ガンの宣告を受けた時、本当に死ぬのが怖くて怖くてどうしようかと考えました。
でも、私の母がいつも言っていたんですが「死ぬより大きいことはないよ」と。
じゃ死ぬ前に何かやろうと。
原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと思ったんです。

by e-kassei | 2007-07-23 12:04 | 健康を考える

原発事故と平井憲夫さんの遺言  (4)私はいったい何人殺したのか

●普通の職場環境とは全く違う

 放射能というのは蓄積します。
いくら微量でも10年なら10年分が蓄積します。
これが怖いんです。
日本の放射線管理というのは、年間50mmSV(ミリシーベルトを守ればいい、それを超えなければいいという姿勢です(注:01年4月から「5年間の平均が20mmSV、1年50mmSVを超えてはならない」に変更)。
 例えば、定検工事ですと3カ月くらいかかりますから、それで割ると1日分が出ます。
でも、放射線量が高いところですと、1日に5分から7分間しか作業が出来ないところもあります。
しかし、それでは全く仕事になりませんから、3日分とか、1週間分をいっぺんに浴びせながら作業をさせるんです。
これは、絶対にやってはいけない方法ですが、そうやって10分間なり20分間なりの作業ができるんです。
そんなことをすると白血病とかガンになると知ってくれていると、まだいいのですが……。電力会社はこういうことはいっさい教えません。
 稼動中の原発で、機械に付いている大きなネジが1本緩んだことがありました。
動いている原発は放射能の量がものすごいですから、その1本のネジを締めるのに働く人30人を用意しました。
一列に並んでヨーイドンで7mくらい先にあるネジまで走って行きます。
着いて、1、2、3と数えるくらいで、もうアラームメーターがビーッと鳴る。
中には走って行って、「ネジを締めるスパナは、どこにあるんだ?」と叫んだだけで、もう終わりの人もいる。
ネジをたった1山、2山、3山締めるだけで160人分、金額で400万円くらいかかりました。
 なぜ、止めて修理しないのかと思われるでしょうが、それは原発を1日止めると、何億円もの損になりますから、電力会社は出来るだけ止めないんです。
放射能というのは非常に危険なものですが、企業というものは、人の命よりもお金なんですよ。      

●「絶対安全」と5時間の洗脳教育

 原発など、放射能のある職場で働く人を放射線従事者といいます。
日本の放射線従事者は今までに約27万人ですが、そのほとんどが原発作業者です。
今も9万人くらいの人が原発で働いています。
その人たちが年1回行われる原発の定検工事などを、毎日、毎日、被ばくしながら支えているんです。
 原発で初めて働く作業者に対し、放射線管理教育を約5時間かけて行います。
この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。
原発が危険だとはいっさい教えません。
「国の被ばく線量で管理しているから、絶対大丈夫だ。安心して働きなさい」
「世間で原発反対の人たちが、放射能でガンや白血病に冒されると言っているが、あれは『真っ赤な大ウソ』だ」
「国が決めたことを守っていれば絶対に大丈夫だ」と洗脳します。
 こういう「原発安全」の洗脳を、電力会社は地域の人にも行っています。
有名人を呼んで講演会を開いたり、文化サークルで料理教室をしたり、カラー印刷の立派なチラシを新聞折り込みしたりして。
だから、事故があって、ちょっと不安に思ったとしても、そういう安全宣伝にすぐに洗脳されてしまって、「原発がなくなったら、電気がなくなって困る」と思い込むようになるんです。
 私自身が20年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロール、「洗脳教育」をやって来ました。
何人殺したかわかりません。
みなさんから現場で働く人は不安に思っていないのかとよく聞かれますが、放射能や被ばくが危険だとかはいっさい知らされていませんから、不安だとは大半の人は思っていません。
体の具合が悪くなっても、それが原発のせいだとは全然考えもしないんです。
作業者全員が毎日被ばくをするんですが、それをいかに本人や外部に知られないように処理するか、それが責任者の仕事です。
本人や外部に被ばくの問題が漏れるようでは、現場責任者は失格なんです。
これが原発の現場です。
 私はこのような仕事を長くやっていて、毎日がいたたまれない日も多く、夜は酒の力をかり、酒量が日毎に増していきました。
そうした自分自身に、問いかけることも多くなっていました。
一体なんのために、誰のために、このようなウソの毎日を過ごさねばならないのかと。
気がついたら、20年の原発労働で、私の体も被ばくでぼろぼろになっていました。

●だれが助けるのか

 東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。
血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。
ところが、その怪我人は放射能まみれだったんです。
でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。
救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったんで、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。
 だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。
みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。
 1人でもこんなに大変なんです。
それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるんでしょうか。
想像できますか。人ごとではないんです。この国の人、みんなの問題です。

原発事故と平井憲夫さんの遺言 (5)起こるべくして起こる事故

●びっくりした美浜原発細管破断事故!

 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。
スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。
 1989年に、東京電力の福島第二原発の3号機で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。
 そして、1991年2月に、関西電力の美浜原発2号機で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。
 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。
原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。
だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。
しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれないほどでした。
 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。
ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。
これが効かなかったら終りです。
だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、1億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を100kmのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。
 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。
日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと0・7秒でチェルノブイリになるところだった。
それも、土曜日だったんですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。
日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったんですよ。
 この事故は、2cmくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。
施工ミスです。
そのことが20年近い何回もの定検でも見つからなかった。
定検のいい加減さがばれた事故でもあった。
入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われている、ということが分かった事故でもあったんです。

●もんじゅの大事故

 1995年12月8日に、福井県敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団。98年10月から「核燃料サイクル開発機構」)の「もんじゅ」でナトリウム漏れの大事故が起きました。
「もんじゅ」の事故はこれが初めてではなく、それまでにも何回も事故を起こしていて、私は建設中に6回も呼ばれて行きました。
というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちが「もんじゅ」の担当もしていたので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。
もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くんです。
 ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。
行って見ると、特別に作った配管も既製品の配管も、すべて図面どおり、寸法どおりになっている。
でも、合わない。
どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。
一晩考えてようやく分かりました。
「もんじゅ」は、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたんですね。
 図面を引くとき、私がいた日立は0・5mm切り捨て、東芝と三菱は0・5mm切上げ、富士電機は0・5mm切下げでした。たった0・5ミリですが、100か所も集まると大変な違いになる。
だから、数字も線も合っているのに合わなかったんですね。
これではダメだということで、みんな作り直させました。
何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。
 どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この0・5mmについて、切り上げるか切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったんです。
今回の「もんじゅ」の事故原因だった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合いも、されていなかったんではないでしょうか。
 どんなプラントの配管にも、温度計が付いていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。
おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。
でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。
 動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。
これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。

●「事象」じゃない「事故」といえ

 しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。
美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。
私は事故の後、直ぐに福井県議会から呼ばれて行きました。
あそこには15基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。
だから、私はそういう人にいつも、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。
その議員さんたちに呼ばれたのです。
「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらいいか教えてほしい」と相談を受けたんです。
 それで、私はまず最初に、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉にごまかされちゃあだめだよ」と言いました。
県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ!事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。
地元の人たちだけではなく、私たちも「事象」というような軽い言葉にごまかされちゃいけないんです。
 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。
国が、事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないんです。

by e-kassei | 2007-07-23 12:03 | 健康を考える

原発事故と平井憲夫さんの遺言 (6)日本だけが執着する「地獄の王」の愚策

●日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?

 「もんじゅ」に使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したもんです。
再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことなんですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないもんです。
 そのプルトニウムが「もんじゅ」には約1.4tも使われています。
長崎の原爆は約13kgだったそうですが、一体、「もんじゅ」のプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。
それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。
半減期が2万4000年もあるので、永久に放射線を出し続けます。プルトニウムというのは、「地獄の王(プルートー)の元素」というような意味で、この世で一番危険なものだといわれているんですよ。
 しかし、日本のプルトニウムが1995年、南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性があることを知っている人は、あまりいません。
フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないんです。
だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことは、ほとんど間違いありません。
 日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。
もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったんです。
つまり、再処理の契約を止めればよかったんですから。
でも、しなかった。
日本とフランスの貿易額で2番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。
唯一の被ばく国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被ばくさせ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。

●石油ストーブでガソリンを燃やすようなこと

 世界中が諦めたのに、日本だけはまだプルトニウムで電気を作ろうとしているんです。
普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。
しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。
原発のもともとの設計がプルトニウムを燃やすようになっていないし、核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいから、原爆の材料にしているわけなんですから。
 いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。
早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被ばく者が増えていくばかりです。

●日本には途中でやめる勇気がない

 世界では原発の時代は終わりです。
原発の先進国のアメリカでは「2015年までに原発を半分にする」ことにしています。
それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖いもの、研究さえ止めました。
 「もんじゅ」のようにプルトニウムを使う型の原発(高速増殖炉)は、アメリカはもちろんイギリスも止めました。
ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。
世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。
日本政府も今度の「もんじゅ」の事故で「失敗した」と思っているでしょう。
でも、まだ止めない。これからもやると言っています。
 どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからです。
この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。
みなさんも、そんな例は山ほどご存知でしょう。
 とにかく日本の原子力政策はいい加減なんです。
日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。
その内に何とかなるだろうと。
そんないい加減なことでやってきて、何十年もたった。
でも、廃棄物一つのことでさえ、まだ、どうにもできない。
 原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。
あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。
はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。
そして日本はそれで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。
 
●ほとんどなくなった大学の原子力工学科

 もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人が原子力から離れてしまって、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。
机の上で研究する大学生さえいなくなったんです。
 また、日立と東芝にある原子力部門の人も3分の1に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。
メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているんです。

by e-kassei | 2007-07-23 12:01 | 健康を考える

原発事故と平井憲夫さんの遺言 (7)この国は狂っている

●廃炉も解体も出来ない原発

 1966年に、日本で初めてイギリスから輸入した16万kwの原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。
その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い国に135万kwというような巨大なものも含めて51基の原発が運転されています。
 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射線を浴びるとボロボロになるんです。
だから、最初、耐用年数は10年だといっていて、10年で廃炉、解体する予定でいました。
しかし、1981年に10年たった東京電力の福島原発の1号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。
このことは国会でも、「原子炉は核反応に耐えられない」と、問題になりました。
 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたんですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかる、どうしても大量の被ばくが避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。
原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。
 机の上では何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないから、とんでもない被ばくを伴うわけで。
ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできない。
放射能がある限り廃炉、解体は不可能なんです。
 人間にできなければロボットで、という人もいます。
でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないんです。
 福島では、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられないほどの大量の被ばくをさせて、原子炉の修理をしたんです。
今でもその原発は動いています。
 最初に耐用年数が10年といわれていた原発が、もう30年近く動いています。
そんな原発が11基もある。
くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、 私は心配でたまりません。
 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の研究用の原子炉はたった100kwですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。
机上の計算では、修理に20億円、廃炉にするには60億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないんです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。
それが100万kwというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。
 
●「閉鎖」して監視・管理

 なぜ、原発は廃炉や解体ができないんでしょうか。
それは、原発は水と蒸気で運転されているので、止めてそのままに放置しておくと、配管がサビてボロボロになってしまい、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。
原発は核燃料を入れて1回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、すぐに廃炉、解体することもできないものになってしまうんです。
 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。
廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。
閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。
 特に、放射能まみれになってしまった原子炉は、運転しているときほどではないにしろ、定期的に点検をして悪くなったところを補修し、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。
放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないんです。
<注:98年3月に日本ではじめて閉鎖した東海原発は、いつごろ解体できるかまったく不明。停止中のもんじゅの管理費は年間220億円>
 今、運転中が51基で、建設中の3基を入れると、全部で54基の原発が日本列島を取り巻いています。
これ以上運転を続けると、あまりにも危険な原発もいくつかあります。
この他に、大学や会社の研究用の原子炉もあります。
小さいのは100kw、大きいのは135万kw、大小合わせて76基もの原子炉があることになります。
 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、閉鎖して金儲けにならない原発を、本気で監視し続けるか大変疑問です。
それなのに、さらに新規立地や増設を行おうとしています。
その中には、東海地震のことで心配な浜岡に5機目の増設<注:04年3月試運転開始>をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。
新設では新潟の巻町<注:03年白紙撤回>や三重の芦浜<注:00年白紙撤回>、山口の上関、石川の珠洲<注:04年凍結>、青森の大間や東通<注:98年着工>などいくつもあります。
それで、2010年には70~80基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。
 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。
近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。
これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。
 
●どうしようもない放射能のゴミ

 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。
ドラム缶に詰められた低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、その中にはそばに数時間もいたら、致死量の被ばくをするようなものもあります。そんなドラム缶が全国の原発などで約80万本以上も溜まっています。
 日本が原発を始めてから1969年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。
その頃はそれが当たり前だったんです。
私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。
 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったんは、このことからで、海に捨てたドラム缶は1年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるんだろうか、魚はどうなるんだろうかと思ったのがはじめでした。
 現在は、原発の低レベルのゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています。
全部で300万本のドラム缶を、これから300年間管理するといっていますが、一体、300年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が300年間も続くのかどうか。どうなりますか。
 もう一つの高レベル廃棄物、これは使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物です。
日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいて、フランスから高レベル廃棄物として最初の28本が1995年に返ってきました。
<注:04年現在892本>
 これはドロドロの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固て、金属容器に入れたものです。
この容器のそばに2分間いると死んでしまうほどの放射線を出すそうですが、これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、30年から50年間くらい冷やし続け、その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、安全になるのに100万年もかかるというようなものですから、よその国でも計画だけはあっても、実際に処分した国はありません。
みんな、困っています。
 原発自体についても、国は止めてから5年か10年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも1基で数万tくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。
生活のゴミでさえ捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。
とにかく日本中が核のゴミだらけになることは目に見えています。
早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。
それには一日も早く、原発を止めるしかないんですよ。
 私が北海道で、「放射能のゴミを50年も、300年も監視続ける」と話していたら、中学生の女の子が、手を挙げて、
 「お聞きしていいですか。
そのゴミの監視は、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。
次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。 だけど、私たちはいやだ」
 と叫ぶように言いました。
この子にちゃんと返事の出来る大人はいますか。
 それに、50年とか300年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますがそうじゃありません。
原発が動いている限り、終わりのない永遠の50年であり、300年だということです。

by e-kassei | 2007-07-23 12:00 | 健康を考える

原発事故と平井憲夫さんの遺言 (8)原発は核の平和利用ではない

●言えば差別になる、言わなければ分からない

 日本の原発は「今までは放射能をいっさい出していません」と何十年もウソをついてきた。
でもそういうウソがつけなくなったんです。
 原発にある高い排気筒や排水口からは、放射能が出ています<注:放射性のクリプトン・キセノン・アルゴン・ヨウ素・コバルト・トリチウム・セシウム・ストロンチウムなど>。
出ているんではなくて、出しているんですが、24時間放射能を出していますから、その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能を浴びて被ばくしているんです。
ある女性から手紙が来ました。23歳の方です。
便箋に涙の跡がにじんでいました。
 「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。
ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。
相手の人は、君には何にも悪いところはない、自分も一緒になりたいと思っている。
でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。
原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。
だから結婚するのはやめてくれといわれた」
 と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。
こういう話がいろんなところで起きています。
 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。
皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子の結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから。
まったく人ごとではないんです。
こういう差別の話は、言えば差別になる。
でも言わなければ分からないことなんです。
 原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから、原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているんですから。

●電気がなくなっても、私は原発はいやだ

 私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時の話をします。
どこへ行っても、必ずこの話はしています。
あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。
その講演会は夜の集まりでした。父母と教職員が半々くらいで、300人くらいの人が来ていました。
中には中学生や高校生もいました。話がひと通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学2年の女の子が手を挙げて、こういうことを言いました。 
 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。
私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているかと。
今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発の問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。
私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、24時間被ばくしている。
原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。
私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。
私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」
 と、泣きながら大人たちに聞いたのです。
でも、誰も答えてあげられない。
女の子はさらに続けました。
 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。
まして、ここに来ている大人たちは、2号機も造らせたじゃないか。
たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」
 「なんで、今になってこういう集会しているのか分からない。
私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている。
2基目が出来て、今までの倍、私は放射能を浴びている。
でも私は北海道から逃げない」
 ちょうど、泊原発の2号機が試運転に入った時だったんです。
 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞いたら、 女の子は「この会場には先生やお母さんも来ているけど、話したことはない。
でも、女の子同士ではいつもその話をしている。
結婚もできない、子どもも産めないって」というのです。
 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。
これは決して、原子力防災の8kmとか10kmの問題ではない、50km、100km圏でそういうことがいっぱい起きているんです。
今の中学生、高校生がそういう悩みを持っていることを絶えず知っていてほしいんです。

●原子力防災は可能か

 原子力防災の方は、どうでしょうか。
原発事故が起きた時、重点地域は原発から半径8km、10kmで、それ以上は対象外だと。
馬鹿げた机上だけの防災でお茶を濁して、無理やり国民を納得させようとしてきました。
 紙と鉛筆だけの防災ではなく、原発を運転する限りは、全国民に防災計画を示すべきです。
たとえ一人の人が不安だといっても、運転中の原発を止めて、机上ではなく、現場に立って徹底した見直しをしなければ、今に取り返しのつかないことが起きるんじゃないでしょうか。
 国は「原発が安全だ」とは思っていません。
日本でもチェルノブイリのような事故が起きるのももう近いと、政府には分かっているんです。
だから、1991年2月に美浜原発事故が起きると、放射能がどちらに向かっているかを直ぐにキャッチできるヘリコプターを1機買って、羽田飛行場に用意しました。各県と科技庁、総理大臣とをコンピュータでつないであります。
勉強していない誘致派の議員さんたちが「安全だ、安全だ」と言っているだけなんです。
 <注:JCO臨界事故後の2000年6月、「原子力災害対策特別措置法」が制定され、原子力施設の外部に、「緊急事態応急対策拠点施設=オフサイトセンター」が常置された>
 原発事故が起きた時、真っ先に駆けつける自治体職員や消防団員が放射能や放射線についてどれだけの知識を持っていますか。
その自治体職員、消防団員があなたのご主人やお父さんだったらどうしますか。
目に見えない放射能とたたかうことが可能なんでしょうか。
 運転中の原発がある自治体には、事故が起きた時のために、役場や保健所にヨウ素剤を用意して保管しています。
しかし、原発事故が起きた時、だれが保健所や役場に取りに行くんですか。
それをどうやって配るんですか。
 原発事故が起きた時、国民にどうすればいいのかを知らせる義務が、国や電力会社にあるのではないでしょうか。
事故は待ってくれません。
 
●原発がある限り安心できない

 ここまで聞いて下さったみなさんには、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。
チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなあと思った人も多かったと思います。
でも、「原発が止まったら、電気がなくなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。
 でも、それは国や電力会社が
「原発は核の平和利用です」
「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」
「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。
「もんじゅ」の事故のように、本当のことはずーっと隠しています。
 原発は確かに電気を作っています。
しかし、私が20年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は、働く人を絶対に被ばくさせなければ動かないものだということです。
それに、原発を造るときから、地域の人たちは賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。
できたらできたで、被ばくさせられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。
 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。
だったら、事故さえ起こさなければいいのか。
平和利用なのかと。
そうじゃないでしょう。
私のような話、働く人が被ばくして死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。
それに、安全なことと安心だということは違うんです。
原発がある限り安心できないのですから。
 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油などのエネルギーがいるのです。
その量が今作っている以上のものになることは間違いないんですよ。
それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。
 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。
だから、私は何度も言います。
「原発は、絶対に核の平和利用ではありません」
 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんやお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。
果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。
これをどうしても知って欲しいんです。
 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。
そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っています。
 原発がある限り、世界に本当の平和はこないんですから。
 「優しい地球 残そう子どもたちに」

by e-kassei | 2007-07-23 11:59 | 健康を考える